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陸上、為末さんの講演会に行ってきた(パートll)

さて、前回は結局講演会の内容を書けませんでした(文字数制限かかった)。やっと主題に入ろうと思います。



為末さんは広島市佐伯区出身で、大学にとても近い所に住んでおられるそうです。学祭とか、近所のスーパーに顔を出したりしてたそうです。

3歳からかっけこクラブ、小学校で陸上を始めたそうです。陸上自体は25年間やっており、人生の2/3を陸上に費やしておられました。当時から運動能力が高く、走るのは得意だったようですが、運動神経はなく他のスポーツはめっきりダメだったと謙遜されていました。

中学から長距離から単距離に鞍替えし、中3で才能が開花。全国大会で優秀な成績を収め、自他ともに認める天才少年だったそうです。またこの頃からメダリストになれるんじゃね?と思い始めたとか。

広島皆実高校に進学してもその勢いは衰える事はなく、1年生の時には県大でも1位を取りまくったようです。ですが、為末さんは違和感があったようです。それは自分がゴールした瞬間の写真に相手が写っているいる事でした。

それまで自分の後ろには何十メートル先に2位の人がいたのに、それが何メートルまで縮んでると。

それから年を重ねるごとに、走っているときの相手の足音が大きくなってきたそうです。2位の人とムネの差しかないぐらいになってしまったそうです。ついには自分を抜く人が出てきたのです。

その時為末さんは、自分のコンディションが良かったそうです。にも関わらず、なぜそうなったのか考えました。「相手の調子が良かった?」、「相手の技術が上がってきたのかな?」

結局結論は出ず、スポーツ本を見て考えようとしたそうです。しかしその本には衝撃的なことが書いてありました。「中学まではスポーツの勝敗は早熟かどうかで決まる部分が大きい」。自分がこの早熟に当てはまっている事を知ったのです。そして、そういった人に「メダリストはいない」という事も。

400m走の世界大会に出た為末さんは、さらにショックを受けるそうです。それは自分を含め、日本人が外国人に全く歯が立たないという事でした。日本一は井の中の蛙でしかないのだな、世界一で戦うとはこういう事なんだと感じたそうです。

またここで運命の出会いをします。400mハードルです。その試合を見て「これ自分でもできそうだな…」と感じたそうです。そして400mハードルに鞍替えするのです。

アスリートは一所懸命という気持ちだけでできていると考えがちだけど、色々考えて行動しているという事でした。才能は弄ることは難しいから、才能が発揮できる場所に自分を置こうとすることが大切なのだと話されていました。



そこから、尊敬する陸上選手の伊藤浩司さんをまねてトレーニングをして、4年間ほど走っても早くならない、スランプになったそうです。後から写真をみて、伊藤さんと為末さんの体格に歴然とした差があることに気付いたようです。

本人が言った面白いたとえですが、日本人がジョブズの真似をしたからといってプレゼンがよくなるわけでない。文化も環境も違うのだから、自分のクセをしり自分らしく行動していきましょう。とおっしゃっていました。

そして、初のオリンピックに出るわけですが強風と環境の違いを吸収できず、敗退。1か月スランプに陥ります。その後反省をしようということでビデオを見返して、コンディションの悪さを知ったそうです。当日は緊張で意識がなく、そのことに気付けなかったそうです。

色んな環境に慣れようと、為末さんは海外へ進出しようとします。ヨーロッパでは陸上大会の仲介業者がおり、その人の下で走るとお金がもらえる制度があるそうです。

ただその仲介業者がどこにいるかわからなかったため、大会で外国人に名刺を配りまくるという行動をしたそうです。そしてとある仲介業者とつながり、その下でこっ酷く働かされ、そこで8日間4か国で走ったようです。

スポーツは勝負の世界なので負ける事も勝つことある。ただ負けて早く、次の行動に移さないのが一番の敗北だ。とおっしゃっていました。




またこの後世界陸上でメダルを取るのですが、その後マスコミから次のメダルは?次のメダルは?と言われるようになり、メダルを取ることに義務感を感じるようになったそうです。そのことで無理がたかって故障をよくするようになったそうです。

目標という山頂を目指すために頑張るのでなく、その山を登るという過程を楽しむことが大切なのではないか。山頂に登ることだけを目標にすると、登り切ったとき次の山の山頂に行くことが目標になり意志力(←キーワード)を必要としてしまうから。とおっしゃっていました。

また、利益を取るにはリスクも取らなければと強く感じるようになったそうです。それは家族を食わすために陸上をしている選手を見て感じた、とのこと。

また、自分が真剣に陸上に取り組んでいるか自問自答することがあったようです。走りのうまい後輩に教えをこう事に反対している自分に対してです。「なりふり構わない自分になれない。」と。

その後フィンランド・ヘルシンキ(Linuxのリーナスさんの生まれ故郷ですね)の世界陸上に為末さんは出ます。

ただ予選ではあまり良い結果ではなく、周りからも有力視されていなかったそうです。ですが、この会場ーーなにかおかしい、なにかに似ていると感じたそうです。

それは、最初のオリンピックの事でした。実はこの会場雨がかなり降っていたそうです。他の選手がなれない環境におびえる中、最低の環境を体験した為末さんにはそこが最高の環境になっていました。そしてその後、2つ目のメダルを手に入れるのです。

野茂英雄さんはご存知だと思います。日本人初メジャー(注1)に出た人です。野茂さんが成し遂げたのはアメリカで成功した事だけじゃないと。その後のイチローさんなどに「俺もアメリカで通用するんじゃないか」という気持ちを与えたことが重要なのではと。

スポーツの力というのは、そういった行動や人を変える力があるという事。そしてサプライズ(驚き)を与えるのが大切だと。

最後に為末さんは、3つの事を話されました。

まずは想像より経験しよう。とりあえず前に進もうという事ですね。

次に自分を知ろう。自分には何が合うか、何がうまくいくか考えてみましょうという事です。

最後に見方を変えよう。為末さんはフランスに行ったとき、パラリンピックの広告に片足を失ったハードルランナーの写真と次のような言葉が書いてあったそうです。

私は事故で片足をなくしました。なくなった足を不幸に思うのでなく、ある足に可能性を見ようと。

注1.野茂さんの前にメジャーに出ている方がいらっしゃいます。ただ、為末さんの言葉ではそうおっしゃられていたので、そういう風に書いてます。



これで為末さんの講演は終わりです。

一言でいうと、人事を尽くして天命を待つという事に尽きるのではないかと思いました。運や才能、努力が一緒になることで一つの成果が出るのではないでしょうか。

ただ、2chまとめサイトとかで書いてあった「努力しても無駄。アスリートになるには才能が99%、まずできる体に生まれなきゃ」というのはかなり誤解がある書き方と感じます。

というのも為末さんは「努力することが無駄」とはひとことも書いていないので。確かに2次的な解釈はできますが、これはどちらかというと元アスリートがコーチングや講習会をするときの戒めとして書いているのだと思います。安易に理由づけとして「頑張ったからオリンピック行けた」というのはやめろと。

努力や才能を使ってもダメなものはあるし、それを一番実感しているのは為末さんだと思います。オリンピックに行ってもメダルを取ったけど、失礼ですが私個人としては為末さんはどんなところでもNo.1になりたがる人だと感じました。でもなれなかった。

だからこそ、自分が体つきが良いという気持ちと可能性と運を信じて努力を重ねるしかないのだと諭しているのだと思います。続けることで何かが分かっていくのだと思います。


長くなりましたがこれで終わりです。長文を見ていただきありがとうございました。
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